Calf Note 167 – ラクトクライン仮説を検証する

以下は、http://calfnotes.com/pdffiles/CN167.pdf を翻訳したものです。原文著者Dr. Jim Quigley の許可を得て日本語訳を掲載しています。 引用論文の出典元は原文をご参照ください。

内容総括:とりあえず母牛の初乳 or 初乳製剤、で比較してみると生産性に影響なし。初乳中の色々なホルモンやら良い成分によるラクトクライン因子、というのはもちろん発育や生産性に影響はすると思うけど、生産性に有意差は無かった。


Calf Note 167 – Testing the lactocrine hypothesis in newborn calves

はじめに

初乳を与えることは、すべての新生児の子牛にとって重要です。高品質の1回目に搾乳された初乳には、新生児の受動免疫に必要な免疫グロブリンが多量に含まれています。
生後 24 時間以内に 150~200 グラムの IgG を供給する(のに十分な量の初乳を与える)ことは、すべての 子牛飼養者のスタンダードであるべきです。

しかし、最近の研究では、初乳の免疫グロブリン以外の部分、具体的には成長因子やホルモンが、新生児の成長と発育に不可欠な役割を果たしている可能性があることが示唆されています。これは「ラクトクリン仮説」と呼ばれます。

ラクトクリン仮説は、“初乳を含む乳由来の因子が、特定の組織や生理機能のエピジェネティックな発達に及ぼす影響を示す” (Soberon ,2012)。別の言い方をすれば、初乳やミルクに含まれるいくつかの要因が、子牛の成長や飼料効率、乳量など、将来の子牛のパフォーマンスに永続的に影響を与える可能性があるというものです。

新生子豚を用いた研究では、初乳やミルクに含まれるリラシキン(relaxin)と呼ばれるホルモン(Bartol ら、2008; Bagell ら、2009)を含むいくつかのタンパク質が、子豚の生殖器官の発達に関与している可能性があることが報告されています。

例えば、Chenら(2011)は、生まれたばかりの子豚を一部は親付けにして母豚から初乳を自由に飲ませ、他の子豚は初乳代用乳(さらにこの中でも2群に分け、初乳代用乳にリラキシンを添加、または添加していないもの)を2日間与えました。試験終了時には、母豚の初乳を飲んだ子豚の方が、初乳代用乳を給与された子豚よりも、子宮の発達の指標が高くなりました。リラキシンを初乳代用乳に追加すると、子宮発達の指標の一部は改善されたものの、すべての指標が改善されたわけではありませんでした。

スイスのベルン大学とドイツのハノーバー大学の研究者は、初乳に含まれるタンパク質が腸の成長、代謝、消化過程の発達に及ぼす役割を、初乳を十分な量または不十分な量で与えた子牛で評価しました(例えば、Rauprich ら、2000; Hammon and Blum, 2002 等)。これらの研究の多くは、初乳タンパク質を含まない飼料を与えた子牛と比較して、母牛の初乳を与えた方が、消化管発達の速度と範囲が増加したことを報告しています。


これらのデータを総合すると、初乳やミルクに含まれるホルモンや成長因子(ラクトクリン因子)が新生児の成長と発育に長期的な影響を与える可能性があることが示唆されています。

これらの「ラクトクライン因子」は、新生子牛の将来の生産性にどのような影響を与えるのでしょうか?答えはまだはっきりとはわかっていませんが、体重増加、栄養の利用、生殖もしくは乳腺の発達に関連する遺伝子の発現に関係している可能性があります。したがって、子牛がその遺伝的潜在能力を最大限に発揮出来るようにするには、子牛に適切な時期に適切な量、これらの因子を給与することが重要です。

初乳の役割

初乳は新生子牛にとって、ラクトクライン因子の論理的な供給源です。分娩後1回目に搾られた初乳は大量の蛋白;免疫グロブリン(IgG,IgM,IgA)それから成長因子(IGF-1,IGF-2,など)のような他の蛋白、ホルモン(インスリン、成長ホルモンなど)、それからその他のペプチドを多く含んでいます。これらの蛋白は常乳に比べはるかに多くの量が含まれており、実際いくつかの因子(たとえばIGF-1)は分娩直後に特異的に活性化します(IGF-1の場合は、結合蛋白から分離される)。このように、これらの蛋白が子牛の未来のパフォーマンスのベースを作っていく上で必須の役割を果たしている、と考えることは筋が通っています。

実際にこの初乳中の蛋白と成長因子が永続的に分娩後の乳生産能力に影響を与えうるという仮説を見事に評価した研究を紹介します。

研究内容

Pithua ら(2010)の研究では、ミネソタ州とウィスコンシン州の 12 の酪農場から 497 頭の未経産牛の子牛を使用しました。子牛は ヨーネ病の管理プログラム下の農場で生まれたもので、この研究はもともと ヨーネ病コントロールにおける初乳製剤の使用を評価することを目的としていました。しかし、ここでは、初乳タンパク質の摂取と将来の生産に及ぼすラクトクライン因子の影響に焦点を当てることにします。

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子牛は、出生後1時間間以内に、母牛の初乳(初乳に含まれる全てのラクトクライン因子を含む)を 4~6L 摂取した群と、市販の初乳製剤を 1 回投与した群に分けました。生後12 時間後に初乳を追加給与した農場では、初乳製剤を投与した子牛にも生後 12 時間後に初乳製剤を給与しました。すべての子牛は生後 1時間以内に母牛から分離されました。

生後 24 時間以降は、農場の通常管理に従って飼養されました。その後、子牛の発育、繁殖効率、牛群内での生存率、1産目及び2産目の泌乳量をモニターしました。未経産牛を淘汰した場合はその理由を記録し、すべての測定値を 2 つの試験群間で比較しました。

261 頭の子牛に母牛の初乳を、236 頭に市販の初乳製剤を与えました。重要なポイントとして、市販の初乳製剤は、牛血漿を基にしているため、これらの製品には母牛の初乳に含まれているラクトクライン因子がほとんど、あるいは全く含まれていません。この研究で給与された初乳は、平均77gのIgG/Lの高品質なものでした。

様々な成長因子、ペプチド、ホルモンの濃度は測定されませんでしたが、市販の製品にはほとんど、あるいは全くラクトクライン因子は含まれず、一方、母牛の初乳には十分な量、存在していたと推測されます。

研究者らは、両グループの子牛の成長、淘汰、乳量、繁殖成績をモニターしました。キーになる項目を表 1 に示します。

項目母牛の初乳給与区初乳製剤給与区P値
子牛の頭数261236・・・
死亡頭数5558NS
淘汰頭数8168NS
搾乳牛として残った頭数136126NS
初産分娩月齢24.424.3NS
授精回数
  初産2.702.74NS
  2産目2.542.36NS
空胎日数
  初産138139NS
  2産目121118NS
乳生産量
  初産12,23211,889NS
  2産目11,45111,972NS
  合計22,94422,681NS


データから明らかなように、初乳を与えたか、もしくは初乳製剤を与えたか、という違いは、乳量、繁殖、生後 54 ヶ 月までの生存率には影響はありませんでした。以前の研究では、Pithua ら(2009)は、初乳製剤を給与した子牛は、牛の ヨーネ病の原因菌である Mycobacterium paratuberculosis に感染するリスクが低かったと報告しています。

ラクトクライン仮説はどこにいってしまったのでしょうか?この研究では、初乳製剤(牛の血清由来)を給与された子牛は、4~6L の高品質の母牛の初乳を与えた子牛と同じくらいの乳量を生産し、生産性も高かったのです。効果が見られなかった理由としては、以下のようなものが考えられます。

-この研究で使用された初乳製剤は、母牛の初乳と同程度の量のラクトクリン因子を含んでいた?

⇒可能性は低いです。この研究で使用された初乳製剤の免疫グロブリン以外のタンパク質は測定していませんが、母体の初乳に見られるようなたくさんの様々なタンパク質が含まれているとは考えにくいです。乳房では、多くの血中タンパク質を血清や初乳製剤よりも高濃度に濃縮するため、初乳中の蛋白プロファイルは血清のものとは大きく異なるのです。

-初乳中のラクトクライン因子の影響は重要ではない、もしくは一過性のものである??

子牛(Hammon and Blum, 2002; Rauprich ら, 2002)や子豚(Bagnell ら, 2009; Bartol ら, 2008)の報告は、ラクトクライン因子が消化器系と生殖系の発達に何らかの役割を果たすことを示唆しています。これらの変化の中には永続的なものもあるようですが、本研究での結果は、将来の乳生産におけるラクトクライン因子の役割を証明するものではありませんでした、もちろんラクトクライン因子が重要でないとは思いませんが。

-代用乳に含まれるラクトクリン因子が影響した??

Pithua ら(2009; 2010)の研究では、初乳を与えた後、56 日目に離乳するまで 市販の代用乳を給与していました。乳蛋白の中にもラクトクライン因子が含まれることからそれが子牛に影響した可能性もあります。そのため、初乳製剤を給与された子牛でも代用乳からラクトクライン因子を受け取ることが出来、適切な発育に繋がったのかもしれません。すべての子牛は1産目で泌乳成績は良好であり(平均 >12,000kg )初乳製剤を給与した子牛にとって母牛の初乳が給与されなかったこと=ラクトクラインシグナルの欠如が、負の影響を与えていたとは考えにくいです。

結論

母体の初乳に含まれる成長因子やホルモンは、生まれたばかりの子牛の発育に重要な役割を果たしている可能性は高いです。ラクトクライン因子がどのように作用するかについては、多くの動物種で非常に興味深い研究が行われており、これらが果たす役割に新たな光を当てることになるでしょう。

しかし、既存の研究では、これらの要因の影響があるとしても、現代の酪農場での子牛の成長、その後の生産性に永続的に影響を与えることはないことを示唆する報告もあります。


翻訳ここまで。

っていうか死亡と淘汰、多くない?

ラクトクライン仮説に基づいて、初乳給与量でその後の乳生産量に有意差あるという試験結果もあるけど、このように無いという結果もあって、現状ではなんともいえないというところでしょうか。でも、腹いっぱい初乳をあげるべし、という結論は変わらないし、今後おいおいまた細かいことが分かれば面白いな~

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